おたがい

なつかしいね、なんて。



11.思い出に還ろう、今日だけは




「よいしょ、っと」


少しほこりを被ったダンボールが目の前に現れた。
は少し湿らせたぞうきんでそのほこりをぬぐう。



「うわぁ…なつかしい。。」


は思わず声をなくしてしまった。

中身は当時使っていたテニスボールや引退のときにもらった色紙、
そして愛する旦那、貞治の卒業アルバムと
一年後の自分のアルバムだった。





「これ、貞治さんからもらったとき…泣いちゃったんだよね、たしか」



貞治が引退する日、
はその時ラケットバックに入っていたボールをもらっていた。
1年年下でマネージャーだった自分は「何か、いつもつかっているものをください」と
勇気を振り絞っていったときやさしく微笑みながら乾はテニスボールを差し出した。


『はい。じゃあまずはコレ、ね』



そう言われたのを今でも覚えている。
そして卒業式の日にはたくさんのファンの子達に
囲まれるだろう直前に第二ボタンをくれたのだ。

不二先輩や菊丸先輩もしっかりと彼女さんたちに
ちゃんと残していて、同じく第二ボタンを花道を通る直前に渡したという。


その行為はしっかりとテニス部に伝統として受け継がれ、
海堂くん、桃城くんもしっかりと花道の前で相手を呼んでいた。






「随分懐かしいものを持っているようだね」

ふと愛する人の声がした。



「あれ?貞治さん、おかえりなさい!
帰ってたんですか?
すみません…気づかなかったみたいで・・・」


あたふたする を見て微笑みながら乾はネクタイを少し緩めた。



「君はよくひとつのことに集中する癖があるからね、
ああ…やはりそのボールまだ取っておいてくれていたのか」


「あたりまえじゃないですか。
もらったときからずーっと持っています」


は大切にボールをダンボールの中に戻すと
洋服棚からハンガーを取り出した。




「どうでしたか、今日の試合会見」


「嗚呼、やっぱりスーツは慣れないね。
海堂も堅苦しいと前に言っていたよ」


記者の井上さんがにらんでいたように
青学の面々はプロ入りを選んだものが多かった。
河村先輩はお寿司屋さんを継いだけど
ほとんどのメンバーは時には国境を超えて試合を繰り広げている。



「へぇ。海堂くんもスーツ、あんまり慣れていないんですね」

「先週、海堂は会見だったらしいからな」



「くす。青学の頃みたいですね」

「こんなだと手塚に怒られそうだ」



「手塚先輩はドイツ、ですよね。
元気でいらっしゃるでしょうか…」


は今はドイツに居るという手塚を思い出す。
結婚してすぐ奥さんとドイツに渡ってしまったのだ。
貞治と初めて一緒に行った結婚式だったこともありとても思い出に残っている。




「手塚は大丈夫だよ。
腕は完治したけど万が一のことを考えた上でドイツへ飛んだからね。
奥さんも居るし、心配することないよ」


乾はブレザーを に渡して微笑んだ。
そして横にある二人のベッドに腰を下ろす。



「晩御飯のシチューができているんですが、
疲れてるでしょうし・・・お風呂、先にしますか?」


「んーちょっと待って。
懐かしいからそのダンボール、少し一緒に見てみようか」




「はい」

は乾の提案にふんわり微笑んだ。



ダンボールをベッドの足元に置いて
は貞治の横にちょこんと腰を下ろした。


「アルバムも入っていたんですよ!」

「・・そうか、ボールと一緒にアルバムも入ってたか」


どれ、と乾も少し身を乗り出してダンボールをあさり始める。
ふたりぶんのアルバムを取り出すと乾はとっさにつぶやいた。





「…まいったな」


「どぉされました…?」

「いや、ちょっとね…」


当時使っていた乾のデータノートの束がでてきたのだ。
別冊柳ノートもしっかりと残っていた。

「懐かしいですね。いつも持ってましたね、貞治さん」


中身は見せてもらったことのないページがまだ多いだろう。
ふと、当時がまた懐かしくなる。
全国を制覇できたのもこのノートの力もあっただろう。



「でもこれがまだ残っているとな…」


まいったと乾は軽く頭を抱えた。
そしてスッとデータノートから少しはみ出た紙を取り出した。


「今なら見せてもいいかな、はい」

乾は にその薄く黄ばんだ紙を差し出した。




のリングサイズ…?」

そこには細かく両手10本分の指のサイズが書かれていた。
持ち歩いていたのか折り目がしっかりと入っている。

しかもどこで図ったのだろう3年分のサイズが書かれていた。
そして左手薬指のサイズにはラインが引いてある。



「い、いつ測ったんですか??」

は顔を真っ赤にして驚きを隠せない。

確かにマネージャーだったことあり貞治とは数多く接触していたと思う。
でもいつ自分の指のサイズを測ったのであろう。
しかも目視ではわからないであろう細かさだ。


「企業秘密」


貞治は人差し指を口に当てて微笑んだ。



「君のデータは取るのが大変だったんだ。
不二にも迫られたこともあったしね」


「え、不二先輩にですかっ?」


「ああ。 はモテていたからね」


「そぉだったんだ…知らなかった、です」


ますます の頬は真っ赤になっていく。



「やっぱり はかわいいな」

乾は負けたよとでも言うように息をつくと
愛しい の左手に自分の左手を重ねた。

貞治の左手と の左手には銀色に輝くふたつの輪。


「でも俺は君の薬指に指輪を通すことができたからね」

貞治は の左手を少し見上げるように高く上げる。
そして自分の指を絡めた。


「絶対に君を放さないから」


乾は を見つめて の額に唇を寄せた。



「はぃ。私も、貞治さんを放しませんから」


は再び微笑んだ。







『今』も幸せだけど

『あの頃』だって勿論。


だから

だからこそ

思い出に還ろう、今日だけは




→END




Wrote by 神風 霰 09/04/15 Wed




100MB無料ホームページ可愛いサーバロリポップClick Here!